<お役立ちメニュー>偏った情報が掲載されている賃貸情報誌ブログ:04月20日
親父はがんで入院し、余命を宣告されていました。
しかし、死と闘う人には健康という言葉は無縁のものでしょうか?
俺は親父の闘病生活を見ていて、
健康って何だろうと考えさせられました。
親父の肉体は、病にむしばまれていましたが、
心は誰よりも健康でした。
大部屋での笑い声はいつも父の声。
そして空を見ては、
大好きな俳句をノートに書きとめていました。
俺は親父の心の内をみようともせず、共に笑っていました。
しかし、そんな親父も個室へ移る日がやってきました。
怖かったに違いありません。
でも親父は「大声で笑えるな」といいました。
その視線の先にあったのは、
空が見えない窓、古い病室の壁のしみ…
暗く、静かな病室は、不安だけがあふれています。
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
親父は最期の時間を、この中ですごさなくてはならないのかと…
親父は、そんな俺の気持ちを察したのでしょう。
「千羽鶴が華やかに見えるな」と、笑顔で言ってくれました。
親父は、
亡くなる一日前まで笑顔でいることができました。
ある8時、目を覚ました親父は俺に、
「きれいな部屋だ」とやさしくほほえみました。
「壁も、窓の外も、千羽鶴も、みんな黄色一色だ。幸せの色だな」と。
すぐに肝臓のせいだとわかりましたが、
親父はうれしそうに笑うのです。
それが、親父の最後の笑顔となりました。
壁のしみも窓の外の病棟もきれいだ…と、目を閉じたのです。
病に倒れても笑ってくれた親父。
俺に心残りがないようにと最後に言ってくれた言葉…
俺は丈夫なを肉体持っています。
でもあんなふうに笑えているだろうか?
親父の残してくれた笑顔は、
周りの人みんなに健やかな心を与えてくれました。